戦国歴史探訪in関ヶ原 ⑤関ヶ原ウォーランド

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Byよっし~

2015年12月5日(土) 曇りのち晴れ

次に向かったのは、先日時間切れで入れなかった関ヶ原ウォーランド
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関ヶ原の合戦を再現した歴史テーマパークで、岐阜県を代表するB級スポットでもある。
その存在は以前から知っていたが、なかなか訪れるチャンスがなかった。
 
場所は関ヶ原町の北西部で、R365から少し入ったところ。
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櫓が見えてきた。
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甲冑武者が出迎えてくれた。
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この武者、人形なのだが、結構リアルで本当に人が座っているように感じられた。

入場料(500円)を支払い園内へ。
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なお鎧武者になって園内を回れるコース(2000円:要予約)もある。

看板に従い見学開始(14:48)
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お客様、踊り子さんには手を触れないで下さい(笑)
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まずは入口ゲート2階にある資料館へ。
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ここには実際に戦国時代に使われた甲冑(当世具足)や刀剣類が展示されている。
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この甲冑は東軍の浅野幸長隊の武者のものだそうだ。

先日訪れた南宮山の諸隊(西軍)
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毛利秀元吉川広家安国寺恵瓊長宗我部盛親長束正家
西軍約3万3000が布陣。
毛利隊や長宗我部隊は参戦満々だったが、東軍に内応していた吉川隊が全く動かないので
傍観せざるを得なかった。
結果、毛利家は開戦前の120万石から周防・長門36万石に大減封。
安国寺恵瓊は死罪、長束正家は自刃、長宗我部盛親は改易となる。
広家は当初周防・長門を加増予定だったが、広家の嘆願で毛利家の知行となり、岩国6万石に減封。
大減封させた張本人として毛利本家との確執が生まれ、幕末まで続く。

浅野幸長(東軍)
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五奉行筆頭の浅野長政の嫡男。東軍として垂井一里塚付近に布陣し、毛利隊を牽制。
戦功により紀州和歌山37万6千石を与えられる。
その後次弟の浅野長晟(ながあきら)の時代に、福島正則の改易に伴い安芸広島42万石に移封。
なお忠臣蔵の浅野内匠頭長矩は幸長の三弟長直の孫。

なにやら前方が賑やかそうだ。
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先ほど買った残りのハムカツを食べながら進んでいく。

床几場(しょうぎば)
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最初桃配山に布陣した家康は、昼前にはこの地に本陣を移す。
床几場では西軍敗将の首実検が行なわれ、付近には首塚もある。

大谷吉継の家臣、湯浅五助の首を検分している徳川家康
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回りを徳川普代衆が囲んでおり、人形だと分かっていてもかなりの威圧感を感じます。

このような生々しい人形もあります。
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でも平気でハムカツを食べている私(笑)

これらの人形の大部分はコンクリート像作家の浅野祥雲氏(1891-1978)の作品。
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別名”珍スポットの父”と呼ばれ、数多くのコンクリート人形を制作。
園内には等身大の武者の像が約280体も展示されている。

細川忠興(東軍)
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早くから東軍を表明し、忠興が上杉征伐参陣中に大坂の屋敷が三成方の襲撃を受け、
正室の細川ガラシャ(明智光秀の娘)が自害。
本戦では島勝猛(左近)など三成本隊と大激戦を繰り広げ、戦功として豊前小倉39万9000石を拝領。

うん? にんにん城?
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先ほど見た櫓をにんにん城と呼ぶらしい(笑)
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想像通りの安っぽい造り(笑)
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ここは隠し扉のようだ。
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でも隙間が狭いので、お腹が支えて通れませんでした(笑)
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黒田長政(東軍)
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黒田如水(官兵衛)の嫡男。東軍として福島正則や加藤清正など秀吉子飼いの武将をまとめ、
吉川広家や小早川秀秋などにも調略して内応を約定させるなど数多くの影働きを行い、
本戦でも島勝猛(左近)を討ち取るなど目覚まし戦功をあげる。
その結果筑前名島52万3000石と約3倍の大幅加増を勝ち取った。

竹中重門(西軍→東軍)
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竹中重治(半兵衛)の嫡男で、先ほど訪れた菩提山城主
当初西軍に組みしていたが、長政らの説得により東軍に鞍替えし参戦。
戦後は所領の関ヶ原一帯の戦没者供養を命ぜられ、美濃菩提6000石を安堵される。

島勝猛(左近)(西軍)
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「治部少(三成)に過ぎたるもの二つあり 島の左近佐和山の城と謳われるほどの逸材。
黒田隊との大激戦で戦死したとされるが、その遺体は見つかっておらず、戦後京で目撃されたという
逸話も残っている。

笹尾山(石田三成本陣)
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石田三成(西軍)
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秀吉没後の豊臣政権を守るべく、家康と対立。五奉行として優れた文治派の武将だったが、
同じ子飼いの加藤清正や福島正則などの武断派とも対立。
東軍を上回る約8万の西軍を率いたものの、毛利勢の傍観や小早川勢の寝返りにより敗走。
自領の近江古橋に逃れていたが捕縛され、京へ移送。六条河原で斬首となった。

島津義弘(西軍)
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当初は東軍に組する予定だったが、伏見城留守居の鳥居元忠からの入城拒否により西軍に鞍替え。
60万9000石の大大名ながら、本国との揉め事もあり1500名の寡兵で参戦。
戦いが始まっても兵を動かそうとせず、三成からの出陣の催促も使者が下馬しなかったと追い返す。
その後小早川秀秋の裏切りにより、友軍の小西隊、宇喜多隊、島隊などが総崩れとなり敗走。
島津隊は東軍の中に孤立してしまい、”死中に活を求める”敵陣中央突破を敢行。
追撃する東軍を甥の豊久や家臣などが殿(しんがり)で食い止める捨て奸(すてかまり)で振り切るも
薩摩に戻れたのは僅か80名ほどだった。
大幅減封は免れないところだったが、主力温存や薩摩という遠隔地などの理由により本領安堵となる。

小西行長(西軍)
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肥後宇土20万石の大名で、慶長・文禄の役でも活躍。
本戦では田中吉政隊や筒井定次隊と奮戦するも、小早川隊の寝返りで総崩れとなり敗走。
キリシタンだったため自刃できず、竹中重門に捕縛され京へ移送。三成らと斬首となる。

宇喜多秀家(西軍)
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豊臣政権の五大老の一人で、備前美作57万4000石の大大名。本戦では西軍の副将。
秀吉の寵愛を受け、”秀”の字を与えられ、猶子(ゆうし)となる。
戦後は島津義弘を頼って薩摩に落ち延びるも、その後島津と徳川との和平が成立したことから
徳川方に引き渡される。
本来なら死罪となるところだが、島津氏や正室豪姫(前田利家の実娘で秀吉の養女)の実家
前田家からの懇願により、罪一等を免ぜられ慶長11(1606)年に八丈島へ配流される。
その後50年近く島で過ごし、明暦元(1655)年に84歳の天寿を全うした。

大谷吉継(吉隆)(西軍)
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越前敦賀5万石の大名で、官位の刑部少輔から大谷刑部とも呼ばれる。
開戦前は親家康派で、旧知の三成に家康との和解を勧めるも三成の熱意にほだされ西軍に参陣。
業病(ハンセン病)を患っていたため、輿に乗って指揮したと謂われる。
兵600の寡兵ながらも東軍の藤堂高虎隊、京極高知隊相手に奮戦。
その後友軍の小早川秀秋隊の裏切りを受けるも、何度も押し返していたが、
小早川隊の離反に触発された西軍の脇坂安治、朽木元綱、赤座吉家、小川祐忠の4隊の寝返りも受け力尽き、
「おのれ金吾(=秀秋) 人面獣心なり 三年の間に祟りをなさん」と叫びながら自刃したとされる。
吉継の首は前述の湯浅五助によって、密かに埋められたと謂われる。

小早川秀秋(西軍→東軍)
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秀吉正室の高台院(北政所)の甥で、筑前名島35万7000石の大大名。
西軍として宇喜多隊に次ぐ1万5000の兵力で松尾山に布陣。
形式上西軍に属するも、東軍黒田長政からの調略や西軍石田三成からの次期関白職の誓詞を受け傍観。
業を煮やした家康からの威嚇射撃を受けて、ようやく友軍の大谷隊に攻めかかり東軍の勝利を決定付ける。
戦功により宇喜多旧領の備前岡山51万石の加増を受けるも、2年後の慶長7(1602)年に急逝。
嫡子のいない小早川家は改易となる。

藤堂高虎(東軍)
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最初浅井長政に仕えるも、浅井氏滅亡後は阿閉氏、磯野氏、織田信澄、豊臣秀長、秀吉などの
家臣となり、徳川政権後も3代家光まで仕え、生涯で10回以上主君が変わりながらも出世した異色の武将。
本戦では大谷隊との激戦や脇坂隊や朽木隊への調略などの功績により、伊予今治20万石に加増。
6尺2寸(約190cm)の巨体で武功も多いが、築城の名手という才能にも秀でており、
伊賀上野城、丹波亀山城、今治城、宇和島城、順天倭城(朝鮮)など20近い城を築城したとされる。

可児才蔵(福島正則隊)(東軍)
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藤堂高虎同様、何度も主君が変わった武将で、斎藤龍興を皮切りに、柴田勝家、明智光秀、
前田利家、織田信孝、豊臣秀次、佐々成政と仕え、本戦時は福島正則隊に属した。
討ち取った敵将の首が多過ぎて持ち運べず、その首の口に笹の葉を挿していたことから
”笹の才蔵”とも呼ばれる。
本戦でも20個の首級を挙げる大活躍で、家康から賞賛されたと謂われる。
また福島家に召し抱えられる面接の際に、特技は?と尋ねられ、
「1人で上手に髷が結えます」とお茶目な回答で、見事内定をゲットしたと謂われる(笑)

福島正則(東軍)
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秀吉の従兄弟(大政所の甥)で幼少時から秀吉子飼いの武将として仕え、賤ヶ岳の七本槍で有名。
豊臣家に忠誠を尽くすも朝鮮出兵を契機に三成と敵対し、前田利家没後に加藤清正らと三成邸を襲撃。
小山評定でも黒田長政の調略により、家康支持の口火を切って評定の流れを一変させた。
本戦では宇喜多隊と死闘を繰り広げ、その戦功により安芸広島49万8000石を拝領。
徳川の治世になっても秀頼への忠誠は変わらず、歴戦の戦国大名として重しとなっていたが、
元和5(1619)年に広島城の無断改修を行ったという廉で、領地を没収されてしまった。

山内一豊(東軍)
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秀吉古参の武将として多数の天下獲りの戦に参戦。正室は内助の功で有名な千代(見性院)
遠江掛川6万8000石の大名として、家康の上杉征伐に帯同。
小山評定では真っ先に居城の掛川城を提供する旨を進言し、他の東海道筋の諸大名もこれに追随。
これにより家康は三成追討での後顧の憂いが減り、関ヶ原本戦での勝利の一因となる。
本戦では南宮山の毛利隊の押さえ役となり、さしたる戦闘もなく武功を上げることができなかったが、
小山評定での功績が認められ、土佐22万2000石の一国一城の主となる。

決戦地
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東軍約7万、西軍約8万の合計15万の将兵が関ヶ原一帯に集結。
当時の総人口が約1500万人の1%が集結したまさに天下分け目の大戦だった。

武田信玄の亡霊(特別出演)
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”ノーモア関ヶ原合戦”と両軍を諌めています(笑)

最後は関ヶ原合戦講話館へ。
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パネル展示のほか、予約すると館長の歴史講話が聞けるそうだ。
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館長の西村氏がおられ、なにやら来年の大河ドラマ(真田丸)の話をされていた。

ツッコミどころ満載のちょっと怪しげなテーマパークだが、短時間で関ヶ原の合戦の概要に触れられて
面白い施設だと思う。
史跡と併せて見学されることをおススメします。
なお冬期(12~3月)は15時閉館(土日祝は16時)なのでご注意を。

関ヶ原ウォーランド

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Comments 2

大kのりちゃん  

よっし~さん、こんにちは。
関ケ原の合戦、歴史好きなわたしにとってはたまりません。  よっし~さんには及びませんが関ケ原の合戦となると自然に目、鼻、口(?)が動いてしまいます。  私達も以前に関ケ原ウオーランドに行った事が有りますが何分にも子供が小さい頃だったのでよく覚えていません・
リアルだった人形はうっすらと頭の片隅にある程度です。
よっしさんのお陰でまた勉強(???)になりました。

2015/12/14 (Mon) 12:25 | EDIT | REPLY |   

よっし~  

Re: タイトルなし

大Kのりちゃんさん こんにちは

のりちゃんさんもウォーランド、行かれていたんですね。
しかもお子さんを連れて情操教育とはさすがです。
私の子供の頃に親父が連れていってくれたのは、ハニベ巌窟院とか○○秘宝館のような怪しげなところが多かったです(笑)

前から行こう、行こうと思っていたんですが、なかなか時間が合わずようやく行くことができました。
戦国時代は福井に縁のある武将が多いので、楽しいですよね。

2015/12/14 (Mon) 15:27 | EDIT | REPLY |   

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