2015年12月5日(土) 曇りのち晴れ

今日も福井の天気予報は傘マーク
前回は天気の良い関ヶ原の古戦場を巡ったが、時間の関係で寄れなかったところもあり、
今回も岐阜県のお山へ。

菩提山(ぼだいさん・ぼだいやま)
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関ヶ原の隣の垂井町にある山で、戦国の知将竹中半兵衛(重治)公の居城菩提山城があった。
R21から菩提山方面には、間に東海道本線や相川があり、道も多少入り組んでいて分かり難いので、
関ヶ原バイパス(R21)の野上北交差点から県道53方面に向かう方が分かりやすいです。
 
登山口のある岩手地区へ。
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10:35 岩手観光駐車場(無料)(標高約77m)
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トイレは100m離れた菁莪記念館にあります。

ハイクの前に竹中陣屋跡に寄っていこう。
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竹中重治公の嫡男、重門公が慶長12(1607)年に菩提山城を廃し、ここに陣屋を置いた。
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1万石未満の幕府旗本であったが、大名並の扱い(交代寄合席)で参勤交代も許されていた。

陣屋跡には岩手小学校があり、櫓門が学校の正門になっている非常に珍しい史跡でもある。
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櫓門は明治新政府の幕府建造物破壊令により破却されかかったが、学校の正門という主張により
保存することができた。

竹中半兵衛公銅像
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元々斎藤氏の家臣で若くして天才軍師と呼ばれ何度も織田勢を苦しめたが、その才能に惚れ込んだ織田信長が家臣の木下秀吉に勧誘を命じる。秀吉は三顧の礼(栗原山中七度通い)で半兵衛を勧誘し、半兵衛も秀吉の才能を見抜き、信長の家臣ではなく、秀吉の家臣(陪臣)となったとされる。
その後黒田官兵衛(孝高)とともに”二兵衛””両兵衛”と呼ばれ、秀吉の天下獲りに大きく貢献した。

菁莪(せいが)記念館
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竹中陣屋跡の資料館で、藩校の菁莪堂、岩手小の前身の菁莪義校に由来する。
出典は詩経の”菁菁たる莪(アザミ)は材を育するを楽しむ、君子は能く人材を長育す”で、
”有能な人材を育成する”という意味。

記念館には菩提山城の模型や甲冑などが展示されている(入館無料)
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ご当地キャラの半兵衛くん
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一昨年(2014年)の”軍師官兵衛”のように、いつか大河ドラマになるといいのだが・・・
これまでの大河ドラマで私の好きな半兵衛役は、”秀吉”の古谷一行さんと”功名ヶ辻”の筒井道隆さん。

登山口(菩提コース)に向かいます(10:45)
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出発直前にパラパラと雨が落ちてきたので、カッパも持参。

10:52 菩提山御茶屋コース登山口(標高約80m)
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菩提山には4つの登山口があり、この御茶屋コースは山頂まで2036mと最長なのでパス(笑)

左手には前回登った南宮山(419m)が望める。
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この道は東海自然歩道にもなっている。
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前方に東海道本線(下り本線)の線路が見えてきた。
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この区間の東海道本線は上り線と下り線が離れており、上り本線(名古屋方面)は2kmほど南にある。

11:02 菩提休憩所(標高約90m)
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ベンチと水洗トイレが設置されている。

東海自然歩道と分れ、標識に従い登山口方面へ。
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11:06 菩提山菩提コース登山口(標高約115m)
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ここにも駐車場があり、ピストンする場合はこちらの方が便利。
ちょうどソロの山ガールが下山されたところだった。

菩提コースは山頂まで1350mと、山の神コース(1310m)に次いで短い。
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もっとも短いということは、急登が待っているはずだが(汗)

石段を登ってハイク開始(11:08)
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今日は菩提コースで登り、山の神コースで降りる予定。

休憩所にも看板があったが、クマが出没するらしい。
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もちろん火薬銃を持参しています(笑)

2分ほど登っていくと鳥居が見えてきた。
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芭蕉句碑
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”此の山の 悲しさ告げよ ところほり”
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貞亨5(1688)年頃に詠まれた句で、伊勢に向かった紀行文”笈の小文”に収録。

神社境内にはなぜか仏式の御堂があり、神仏習合(白山大権現)の名残りなのかも。
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階段を降りると山名の由来になった菩提寺
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弘法大師が天長元(824)年に開基。元々この地を治めていた豪族伊福氏の私寺だったが、
朝廷への功績が認められ官大寺や国分寺に次ぐ寺格の定額寺(じょうがくじ)に昇格。

11:13 白山神社(標高約144m)
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祭神は伊弉冊尊(いざなみのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、菊理姫神(くくりひめのかみ)。

ハイクの無事を祈願し、看板に従って拝殿脇へ。
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山頂まで残り1100mしかないが、標高差は258m
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壬申の乱の際の故事にもなった名産のヤマモモの木
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ヤマモモ科ヤマモモ属の常緑樹。花言葉は「教訓」、「ただひとりを愛する」。

可愛らしいクマさんの看板。
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出てこないでね(笑)

階段があるので歩き易い。
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距離が短い分、やはり急です。
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林道が見えてきた(11:21)
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11:23 林道出合(標高約200m)
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11:27 山頂まで900m地点(標高約220m)
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ベンチが設置されていた。

併走する林道は路面がキレイだったので、比較的最近整備されたのかも。
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この付近でソロの男性とすれ違う。
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11:44 山の神・大手道コース合流点(標高約310m)
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ここで山の神コース大手道(禅幢寺)コースと合流。
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先ほどパスした御茶屋コースもここに繋がる。

山頂までは残り510m。
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まだ半分なのか・・・

また傾斜がキツくなってきた。
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半兵衛公もこの山道を登られたのだろうか。

この付近からバタバタと幟が風ではためく音が聞こえてくる。
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「これより菩提山城跡」の看板(11:58)
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竪堀
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大手曲輪
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主郭(本曲輪、二の曲輪)はすぐ上だが、急斜面になっていて登れず、
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他の曲輪に迂回しながら道が続いている。
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三の曲輪
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台所曲輪
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西の曲輪
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石積みこそないが、天然の地形を上手く利用して曲輪や空堀などが巧みに配置されている。
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直接主郭を攻撃することは難しく、さすが戦国随一の知将の縄張りだ。

空堀
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嫡男重門が慶長12(1607)年に菩提山城から麓の竹中陣屋に居を移したため、菩提山城は廃城。
その後約400年間手つかずの状態だったため、保存状態は良好。

12:08 菩提山山頂(本曲輪跡)(標高402m)
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タイムはジャスト1時間。山頂には誰も居なかった。

東西約150m、南北約300m、主郭を取り囲むように7つの曲輪があり、西美濃最大級の山城。
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天文14(1545)年に半兵衛公の父、重元が岩手氏から奪取し、従来の砦を改修したとされる。
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なお秀吉が半兵衛公を迎えるために通った三顧の礼(栗原山中七度通い)の舞台は、
この菩提山ではなく、稲葉山城奪取後に閑居していた南宮山南東麓の栗原山(159m)。

山頂からは南東側の眺望が開けており、濃尾平野が一望。
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南宮山(419m)も目と鼻の先。
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栗原山は関ヶ原の戦いの際に、長宗我部盛親隊が陣を置いた。

眼下には竹中陣屋跡の岩手小学校や観光駐車場も望めた。
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コーヒーを飲みながら小休止。
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今日のお昼は下山後にと決めているので、行動食のパンだけ。

秀吉に天下を獲らせた”二兵衛”こと、竹中半兵衛(重治)黒田官兵衛(孝高)は、
ライバルでありながら深い絆を持つ同志でもあり、その絆は子供の竹中重門や黒田長政にも受け継がれた。

秀吉の三木城攻めの際、摂津の荒木村重が信長に謀反。
村重と旧知の仲だった官兵衛は、村重の本意を確かめるべく単身村重の居城有岡城に乗り込むが、
捕縛され地下牢に幽閉されてしまう。
信長は官兵衛が裏切ったと思い、人質だった官兵衛の嫡子松寿丸(のちの長政)を処刑するよう秀吉に厳命。
半兵衛は官兵衛が裏切っていないと確信し、信長の命に背き密かにこの菩提山に松寿丸を匿った。
半兵衛は程なく三木城攻めの陣中で病没したが、その後有岡城が落城し官兵衛が救出される。
信長は松寿丸処刑の命を悔やんだが、半兵衛の機転で官兵衛の離反を避けることができた。

重門は自領内での関ヶ原の戦いの折、最初は西軍に組していたが、長政らが東軍への鞍替えを説得。
その結果、重門は東軍に帰属し、長政とともに島勝猛(左近)隊と大激戦を繰り広げた。
また戦後は敗走した小西行長を捕縛する大手柄を立て、所領安堵を許される。

西軍への調略という側面が強いが、長政は自分を助けてくれた大恩人の子を助けようとしたとも謂われる。
その後も竹中家と黒田家の絆は続き、重門の庶子は福岡藩の重臣として黒田家に仕えた。

三角点があるようなので、山頂を散策。
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どうやら最近木を伐採したようで、だいぶ開放感がある。

本曲輪には見当たらなかったので、空堀の先の二の曲輪へ。
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お、あった!
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お決まりの三角点(四等・菩提・401m)タッチ。
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カッパを着ているのは雨ではなく、風が冷たいため。

お腹も空いてきたので、そろそろ下山(12:32)
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落ち葉の絨毯の上を軽快に下っていく。
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12:42 大手道・菩提コース分岐点(標高約310m)
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下りは予定通り山の神コースへ。

分岐の横には中部電力西部幹線58番鉄塔がある。
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どうやら菩提コースや山の神コースは巡視路を兼ねているようだ。
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土橋のようなヤセ尾根。
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ここも防御施設だったのかも。

12:45 山の神・大手道コース分岐(標高約290m)
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右へ行くと大手道(禅幢寺)コースや御茶屋コースに降りていくが、山の神コースへ直進。
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しばらくなだらかな道が続くが、
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植生が造成林に変わると急な斜面となる。
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ただしここも階段があるので歩き易い。

一部木道が設置されているなどよく整備されているが、
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中には倒木が道を塞いだ箇所もあった。
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12:56 林道出合(標高約160m)
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船ヶ谷林道を200mほど下っていく。
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13:00 菩提山山の神コース登山口(標高約137m)
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下りは28分。車を停めた観光駐車場まではおよそ1.6km。

今日の山歩きはここだけなので、500m先の明神湖(人造湖)に寄っていこう。
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山の神(神社)
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祭神は”山の神”こと大山祇神(おおやまつみのかみ)。元々は明神湖のある岩井谷に祀られていたが、
ダム造成に伴い昭和61(1986)年にこの地に遷宮された。

県道257を登っていく。
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不破北部防災ダムの堰堤が見えてきた。
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昭和60(1985)年に完成した堤長142m、堤高42.5mの中心コア型アースダム。

洪水調整や農地防災のために建設され、総貯水量は112万8000㎥。
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既設のアースダムとしては全国10位の規模を誇る。

堰堤上は車も通行可能。
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13:07 明神湖(人造湖)
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結構キレイに整備されているが、観光客の姿はなかった。

堤体を歩けるようなので、ここを下って戻ろう。
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前方の狭い谷には岩手地区の集落があり、このダムが水害から守っている。
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ダムを降り、木曽川の支流岩手川沿いを進んでいく。
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長い土塀が続く大きな旧家。
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門構えも立派で、もしかするとこの地の庄屋さんだったのかも。

途中の谷バス停で見かけた地元消防団の力作(笑)
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左から卯(2011年)、辰(2012年)、午(2014年)、未(2015年)と毎年作られているようで、来年(申)も楽しみだ(笑)
でも巳(2013年)がないのはなぜ?

13:23 岩崎神社(標高約93m)
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祭神は神直日神(かんなおびのかみ) 、大直日神(おおなおびのかみ)、八街彦神(やちまたひこのかみ)、
八街姫神(やちまたひめのかみ)
当初は石前明神と呼ばれていたが、天文年間に現在の岩崎神社に改称。
岩手地区(岩出、岩崎、石前)の名前は、この本殿奥に鎮座する神楽岩という磐座(いわくら)に由来する。

この日一番だった紅葉
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もう12月だというのに、今年の紅葉は本当に遅い。

半兵衛水車小屋
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半兵衛公の名が付いているが関係はなく、近年補助金で建てられたモノ。

駐車場までは400mほどだが、もう1箇所寄りたかったスポットへ。
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13:28 禅幢寺(ぜんどうじ)(標高約86m)
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半兵衛公の菩提所で、本堂は寛文3(1663)年に孫の重常公が建立。

竹中重治(半兵衛)公、竹中重元公墓所
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左が重治公、右が父の重元公のお墓。
重治公は天正7(1579)年6月、播磨三木城攻めの陣中で、36歳という若さで病没。
その後父の菩提を弔うために、天正15(1587)年に重門公が三木より移葬した。

稀代の天才軍師、竹中半兵衛
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竹中重治像(禅幢寺所蔵)

彼が居なければ松寿丸(黒田長政)が処刑されていたはずで、その後の官兵衛の活躍も期待できず、
秀吉が天下を獲ることはできなかったかもしれない。
また長政が居なければ、関ヶ原での家康の勝利も分からなかっただろうし、万一東軍が勝ったとしても
西軍だった竹中家は間違いなく改易されていただろう。

秀吉に天下を獲らせ、その後の子孫や徳川の治世にまで道を開いた半兵衛公。
その菩提に深く頭を下げて、彼の偉業を偲び今回のハイクを終了する。

13:37 岩手観光駐車場(標高約77m)
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待望のお昼に向かいます・・・

☆今回のルート図☆ (クリックすると拡大します)
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☆アクセス☆



やっぱり、山っていいね!


菩提山(402m)
標高差193m
登り 1時間、下り 28分 ウォーク 56分 TOTAL 3時間10分
出会った人 2人 出会った動物 なし

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