2015年12月1日(火) 晴れ

松尾山を降りて最後に向かったのは笹尾山
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西軍の実質的な総大将、石田治部少輔三成が本陣を置いた場所である。
 
笹尾山の麓にある決戦地
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小早川秀秋隊や脇坂隊、朽木隊などの裏切りにより、西軍は敗色濃厚となったが、
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島勝猛(左近)や蒲生頼郷らはこの地で最後まで頑強に戦ったとされる。

笹尾山交流館
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今年の営業は11/22で終了。

15:15 笹尾山登山口(標高約162m)
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大きな駐車場がある。

ここに来るのは実は3回目。
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立物の折れた兜のような”無限時空”というオブジェ。
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以前に訪れた時は馬防柵(復元)があるだけで、オブジェや駐車場もなかった。
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”大一大万大吉”と書かれた三成の旗印。
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大は天下を指し、”一人が万民のために、万民が一人のために尽くせば、天下は幸福(吉)になる”
という意味。今風に言うと、”One for all and All for one”といった意味ですね。

なだらかに階段を登っていく。
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この辺りの紅葉はまだ十分楽しめた。
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15:19 笹尾山山頂(石田三成陣所跡)(標高約196m)
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当初大垣城で家康を迎え討つ作戦であったが、家康が三成の居城佐和山を目指したため、
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急遽大垣城を出陣し、関ヶ原で東軍を迎え撃つことになったとされる。

西軍は南宮山に毛利・長宗我部隊、松尾山に小早川隊、ここ笹尾山に三成本隊を配置。
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要所となる高所を押さえており、表面的には西軍が断然有利だったのだが・・・

緑のボタンを押すと、関ヶ原の戦いの様子が音声で解説される。
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一向に動かない毛利隊、小早川隊を見て、三成はどんなに苛立ったことだろう。
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小早川秀秋の裏切りにより、友軍の大谷隊、宇喜多隊、小西隊などが壊滅。
重臣の島勝猛や蒲生頼郷らも討ち死にし、三成は伊吹山方面に敗走。
6日後の9月21日に捕縛され、10月1日に京都六条河原で斬首された。

東軍は情報戦、調略ともに西軍を上回っており、西軍は負けるべくして負けたのだろう。
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関ヶ原の戦いでは本戦での激戦や秀秋の裏切りなどに注目が当てられがちだが、
その東軍勝利のキーマンは黒田如水(官兵衛孝高)の嫡男、黒田長政ではないだろうか。
小山評定での福島正則の家康恭順表明や本戦前の吉川広家、小早川秀秋への内応の取付など
数々の影働きを行ない、本戦でも勇将島勝猛との死闘を繰り広げるなど、彼がいなければ
もしかすると東軍の勝利はなかったかもしれない。

下りは3分(15:28)
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笹尾山を後にし、関ヶ原ウォーランドに寄ってみるが、閉館(16:00)間際で終了。
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これはまた別の機会に・・・

☆アクセス☆
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やっぱり、山っていいね!


笹尾山(196m)
標高差34m
登り 4分、下り 3分 TOTAL 13分
出会った人 2人 出会った動物 なし

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