2015年10月27日(火) 晴れ

白山か大日山に行こうと思っていたのだが、登山指数は軒並み
天気はまずまずなのだが、標高1000m以上には風速15m以上の強風が吹いているようで、
体感温度は氷点下近いと予想されるので当然パス。
地表付近でも結構強い風が吹いていたので、大人しく里山で遊ぶことにしよう。

清水山
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旧清水町(福井市)の清水山町にある小高い丘のような山で、旧町名の由来になったとも謂われる。
以前から気になっていたのだが、なかなか登る機会がなかった。
※レポでは清水山としましたが、別の呼び名があるかもしれません。ご存知の方はご教授下さい。
 
清水山に向かう途中、ゲ●キーに立ち寄ったところ、楞厳寺(りょうごんじ)のご住職と対面。

住:「おっ、今日は山に登らんのか?(笑)」

背中を見せて、ご住職に返答します(笑)
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そういうご住職もここにいるということは、今日は文殊山に登られないんですね。

日野川にかかる清水山橋を渡ってすぐの清水山地区へ。
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清水山は周囲2kmほどで、南北にピークのある双耳峰。

鞍部の近くの駐車スペースに駐車させていただく(11:36)
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まずは北峰から登ることにしよう。

11:37 池鯉鮒神社(標高約13m)
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池鯉鮒と書いて”ちりゅう(ちりふ)”と読みます。
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詳細な縁起は不明だが、越前福井(北ノ庄)藩の藩祖、結城(松平)秀康が故郷の三河(愛知県)の
知立(ちりゅう)神社(当時は池鯉鮒明神)から勧請したと謂われる。
秀康は徳川家康の次男で、長兄信康の没後実質的長子にもかかわらず豊臣秀吉、結城晴朝と相次いで養子に出されたが、関ヶ原の合戦での第1等の戦功により、慶長6(1601)年越前67万石を封ぜられた。

なぜ秀康が池鯉鮒(知立)神社を勧請したかは定かではないが、推測するにこういうことではないだろうか。

秀康の母の於万の方(おまんのかた)は三河池鯉鮒明神の神主永見家の娘とされ、天正2(1574)年於義伊(おぎい:後の秀康)と永見貞愛(ながみさだちか)の双子を出産。
当時双子は”畜生腹”と忌み嫌われ、貞愛は夭折(ようせつ)したとして実家の永見家に引き取られ、成人して池鯉鮒明神の神職となったとされる。
共に家康の子で秀忠より年長でありながら、兄秀康は他家へ養子、弟貞愛は神職とあまりにも不遇な扱いで、
しかも貞愛は慶長9(1604)年に31歳の若さで没する。

そんな不憫な弟の菩提を弔うと同時に、福井(北ノ庄)城の裏鬼門(南西)を鎮護すべく勧請したのかもしれない。

鳥居に一例し登拝開始(11:38)
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笏谷(しゃくだに)石の階段を登っていく。
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数えたら230段ありました。

階段の周りは下草がキレイに刈られており、氏子の方々の信仰の厚さが伺える。
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11:43 池鯉鮒神社拝殿(標高約60m)
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主祭神はおそらく本家知立神社と同じ鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと=神武天皇の父)
だと思われるが詳細は不明。

本殿裏に踏み跡があったので進みます。
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11:44 清水山(北峰)山頂(標高約63m)
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これより高い場所はなかったので、恐らくここが山頂だろう。藪が茂っているだけで何もなかった。
なお北側の尾根上には清水山古墳群という古墳(円墳4基、前方後円墳1基)があるそうだが、
藪漕ぎしないといけないようなのでパス。

もう一度参拝し下山開始(11:45)
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下りは4分。
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続いて南峰へ(11:50)
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こちらからは道が無さそうなので、北峰と南峰の鞍部にある道を通って南麓に向かう。
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11:54 白山神社(標高約10m)
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こういう山は神社の裏手から登ることが多いので社殿へ。
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予想通り、社殿横にトレースらしきモノを発見!
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折れた竹や下草が多少あったが、なんとか登れそう。
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かなりキツい傾斜で、階段もロープもないので登りにくい。
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先日登った三里山下新庄コースの記憶が蘇る(笑)

ヒーヒー言いながら急登を登り切る(12:03)
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山頂はもう少し先のようだ。

途中にあったケモノの巣穴と思しき穴。
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まさかク、クマ?! 怖くてとても覗けませんでした(笑)

山頂にも別の巣穴があった。
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こちらは大きさから判断するに、おそらくタヌキかキツネだろう。

12:05 清水山(南峰)山頂(標高66.8m)
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タイムは11分。もちろん誰もいません(笑)

三角点(三等・向山)があったのでタッチ。
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点名の由来は不明だが、南東側にある清水山城跡の”向かいにある山”だからなのだろうか?
白山神社から100mほどの毘沙門神社一帯には、戦国期に清水山城という城(砦)があったとされる。

守護の斯波(武衛)氏(斯波義良)を差し置いて越前国支配を目指す守護代朝倉氏(朝倉孝景・氏景)と、同じく斯波氏の守護代だった甲斐氏(甲斐敏光)との争いが続いていて、ここ清水山でも城主太田美作守貞敏が反朝倉の狼煙を上げて抵抗したが、文明12(1480)年落城したと謂われる。
なお100年後の天正11(1583)年、子孫の太田一吉が毛利攻めの功で再び清水山城主となるが、関ヶ原の合戦での西軍への与力を咎められ改易、廃城となってしまう。
山頂は意外と広く、もしかするとこの南峰一帯も砦の一部だったのかも。

現在の城主様が出てくると怖いので、ソッコーで降ります(笑)
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急坂なので下りは斜めにトラバース気味に降りていく。
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下りは5分(12:10)
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あっという間に登れてしまう丘のような里山だが、歴史ロマンに浸れる山でした。

車に戻る途中で2名の方に山名を伺ったが、北峰を”お宮さん”と呼んでいるだけで知らないとのこと。
両峰の山名をお分かりの方があれば、是非ご教授下さい。



やっぱり、山っていいね!

清水山(北峰:63m)・(南峰:66.8m)
標高差56m
登り 17分、下り 9分、TOTAL 33分
出会った人 なし 出会った動物 なし

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