2014年8月8日(金) 曇りのち雨

断続的に雨が降っている水平歩道を歩くこと3時間40分。
ようやくオリオ(折尾)谷の堰堤に到着(14:52)
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堰堤の手前は下草が茂った下り道になっていて、少し滑り易い箇所もあるので慎重に。
 
堰堤内部がトンネルになっていて、この中を通って対岸へ。
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増水時はトンネル内部が水没しているケースもあるらしいが、今回は多少水溜りがある程度だった。
水没している場合は、トンネル入口にある角材を使って、水抜き穴の土砂を取り除いて排水するそうだ。

トンネル出口で小休止。行動食を頬張りエネルギー補給。
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15:09 折尾ノ大滝(標高約940m・阿曽原温泉まで残り4.3km)
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水量も多く、迫力がある。

滝直下の沢は、今回のルートで唯一橋がかかっていなかった。
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結構幅があり、岩づたいも滑りやすくて危険なので、思い切って沢に足を入れて渡渉。
ついでにここで水も補給する。

阿曽原小屋まで残り4.3km
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まだ1/3も残っているのか。。。。 Orz 
分かっていたとはいえ、標識を見てショックを受ける(笑)
現在の時刻は15時10分と、既にハイク開始から6時間が経過。
ここまでのペースと残り距離を考慮するとまだ2時間はかかりそうで、小屋到着は17時頃。
でも焦らず、安全第一で進んでいこう。

オリオ谷から先の水平歩道は、割と道幅の広い道が続く。
番線のある箇所もあったが、長い緊張が続いたせいか、感覚が麻痺してきてしまい、
あまり怖いとは感じなくなってきた。

40分ほど進むと丸太の梯子が連なる場所が現れる。
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どうやら水平歩道が一部崩落しているようで、高巻きしているようだ。

梯子を登りきったところで小休止(16:04)
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あの2人組の若者たちはとっくに着いて、温泉でくつろいでいるんだろうな。。。

高巻上部には丸太や番線などの資材が置かれていた。
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これは”チーム阿曽原”の方々が運ばれたのかな?

”チーム阿曽原”とは、山の救助技術・知識・経験・体力を持ち合わせたスーパー技能集団で、
毎年小屋の組立や解体、水平歩道や下ノ廊下などの整備を行なっている。
ここまで安全に歩けたのも彼らの整備があっての賜物で、本当に頭が下がります。
彼らの活動ぶりは阿曽原温泉小屋HPでご覧いただけます。

高巻きからの下降地点も梯子が連なっているので慎重に。
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水平歩道を歩いていると、どどーんという音が聴こえた。
なんだ?? どこかで落石でもあったか?
後で小屋で聞いたら、阿曽原谷の雪渓が崩れた音だったそうだ。

高巻地点から20分ほど進むと、ようやく阿曽原温泉小屋が見えてきた(16:41)
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山小屋の方を見入ると、小屋の窓から誰かがコチラを見ているような感じ。
もしかすると先行された若者たちが小屋の方に私がやってくることを伝えていて、
それでまだ来ないのかと見ているのかな?

ここからは水平歩道と分かれて下降していく。
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結構な急坂で、ここからはポールを使って慎重に降りていく。
明日はこれを登り返すのか。。。

”山小屋は 近くに見えても まだ遠い”
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山のあるあるの如く、小屋が見え始めてから既に20分経つがなかなか近づかない。

17:08 阿曽原温泉テント宿営地(標高約850m)
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この天候のせいか1張のみで、先ほどの若者たちとは別のグループだった。
テン場の定員30張(1人700円)だが、ピークの10月には100張近くになることもあるらしい。

テン場の下に見える湯気の出ているところが露天風呂
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テン場から最後の坂を登って小屋へ。

17:13 阿曽原温泉小屋(標高約860m)
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欅平から8時間5分でとうちゃこ。 いや~ 本当に疲れました。

オーナーの佐々木さんが出迎えてくれた。
受付は後でいいから、まずはカッパや靴を乾かすよう勧められる。 ありがとうございます。
今日の小屋泊は私ともう1人の2人だけで、テン場も2張だけだそうだ。
また先ほど小屋に見えた人影はやはり佐々木さんで、たまたま宿泊者に崩れた雪渓の説明をしていたら、
水平歩道からフラッシュが光るのが見えたそうだ。

夕食は18時からだが、「先にお風呂にいってきたら?」と30分時間をずらしていただく。

ありがとうございます。 でもその前に飲ませて下さい(笑)
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なおピーク時以外はロング缶側しか利用できないようです。

う、うめぇ~
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キンキンに冷えたビア(500ml700円)が五臓六腑に染み渡る。

ビアを飲んでいると、もう1人の宿泊者の方が出てこられた。
広島から来られたこの男性は、立山から剱岳に登り、昨日仙人温泉小屋に宿泊。
今日は一気に欅平まで行こうと思ったが、この天候と先ほどの急坂を前に、ここで沈没したそうだ。

追い抜いていった若者2人組が露天風呂から戻ってきた。
どうやら設営する前に入浴してきたようだ。
何時頃に着いたのか尋ねると、意外なことに16時過ぎとのこと。
彼らも雨のせいでペースが上がらなかったそうだ。

受付を済ませ、部屋に案内してもらう。
今日は2人だけなので、1人1部屋ずつだそうだ。
10畳ほどの部屋にたった1人。 ピーク時では考えられない待遇だ(笑)
平成9(1997)年には定員50名のところ、100名近い飛び込み客があって
218名に膨れ上がってしまったそうだ。あなおそろしや。。。

それじゃ私も待望の露天風呂に行くとしよう(17:45)

露天風呂はテン場からさらに5分ほど下ったところにある。
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片手に傘と着替えを持って、急坂を下っていく。
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岩がゴツゴツした場所もあり、小屋のサンダルなので慎重に降りていく。

17:54 阿曽原温泉(露天風呂)(標高約800m)
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小屋宿泊者は無料だが、テン泊者や通過利用者は500円。

シーズン中は芋の子を洗うような混雑ぶりが有名だが、先客の姿はなく貸切状態
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ピーク時は時間帯によって男性・女性専用に分けられ、20時以降は混浴となるそうだ。

お湯はコンクリート製の隧道の奥からパイプで引かれている。
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これがあの有名な高熱隧道なのか?!

高熱隧道 (吉村昭)
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(新潮文庫)

「戦艦武蔵」や三毛別事件を題材にした「羆嵐」といった記録文学で有名な吉村昭の小説で、
黒部川第三発電所建設を背景に極限で生きる人間を描いた傑作。

(あらすじ)
戦前に国策で進めらた黒部川第三発電所建設。その物資運搬のため隧道(トンネル)を掘削することになったが、阿曽原~仙人谷間には高温の岩盤地帯が出現し、その行く手を阻む。
岩盤の最高温度は166℃にも達し、掘削用のダイナマイトが自然発火したり、志合谷の宿舎が泡雪崩で根こそぎ吹き飛ばされるなど工事環境は過酷を極め、300名にも上る犠牲者を出しながらも1940(昭和15)年に完成した
トンネル貫通への情熱にとり憑かれた男たちの執念と、予測もつかぬ大自然の猛威とが対決する異様な時空を、綿密な取材と調査で再現して、極限状況における人間の姿を描破した記録文学です。


実は今回阿曽原温泉に行こうと思ったのも、この小説の影響が大きい。
ここに来る場合、是非読んでから来ることをオススメします。


脱衣場のスノコの先からは熱い水蒸気が噴き出していて、撮影してもこのように曇ってしまう。
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泉質は単純硫黄泉で、源泉の温度は98℃
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さぞかし熱いのかと思いきや、沢から引かれた水で温度調整されているのと、
雨が降っていたせいもあり、温度はおよそ40℃ぐらいだった。

はぁ~ 極楽、極楽
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大自然の中の秘湯を独り占めできる幸せ。

温泉で飲む2本目のビアの旨さも堪えられません。
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長湯したいところだが、雨足が強くなってきたのとそろそろ晩ご飯なので戻ることにする(18:20)

キャンプ場の一画にある隧道入口。
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これが小説の舞台になった高熱隧道で、欅平から黒部川第四発電所を結ぶ関西電力黒部専用鉄道
阿曽原駅がある。
ダムや発電所の保守用で、坑内は現在でも40℃近い高温であるため一般開放されていないが、
年に30回ほど黒部ルート見学会(欅平~黒部ダム)が行われている。
参加費は無料だが、毎回応募者多数で抽選(1回30名・1グループ6名まで)になるのと、
黒部ダムから先の交通手段の費用は自己負担になる。
黒部ルート見学会の応募詳細はコチラから。

18:35 阿曽原温泉小屋(標高約860m)
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登りがこれまた大変で、小屋まで標高差60mもあり、せっかく引いた汗が再び噴き出してしまった(笑)

小屋付近も雪崩の巣窟で、高熱隧道建設時この地にRC造の作業員宿舎が建てられていたが、
1940(昭和15)年に起こった泡雪崩が直撃し崩壊。多数の死傷者を出した悲しい出来事があった。
小屋はこの宿舎跡に建てられており、現在でも雪崩の恐れがあるため、毎年10月末の小屋閉め後に解体し、
翌年の6月中旬頃に再び建て直している。

濡れたシャツやズボンを小屋前の乾燥室に干してから食堂へ。
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今日はサンドイッチと行動食ぐらいしか食べていないので、すっかりお腹ぺこぺこ。

3本目のビアです(笑)
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普段はほとんど飲まないのだが、山だとなぜか飲んでしまう。

阿曽原小屋といえば、カレー超~有名
30分交代で、時間内ならお替り自由と私の胃袋を魅了し、今回もかすかに期待していたのだが、
これは混雑するピーク時のみだそうだ。
確かに混んでいるときはカレーが手軽で後片付けも簡単だからだろう。
カレーの時は女性も結構食べるので、1人=1.2合計算でご飯を炊かないとならないそうだ。
これまでの最高記録は大盛り5杯だそうで、記録を更新したかったのに。。。

阿曽原小屋のカレーはなんと、あの食べログにも投稿されているんですよ。
もっともお店の休業期間が未確定などの理由で掲載保留になっています。
交通手段の「欅平駅より徒歩6時間、黒部ダムより徒歩8時間」というのが笑えます(笑)

この日の献立は素麺、キーマ風カレー、焼魚、焼肉などで、デザートにスイカまで。
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特にイカの塩辛をイカ墨で和えた富山名物の黒作りは、酒の肴にピッタリだった!

食後は佐々木さんご夫妻や同宿の男性と談笑しながら宴会
チーム阿曽原のダイブツさんたちは、今日は祖母谷に草刈の出稼ぎに行かれているそうだ。
今日は誰も来ないと思っていたそうで、こんな日に来てくれたということで、
ウィスキー飲み放題のうれしいサービスも(笑)

広島から来られた男性は、なんと同じ大学の大先輩で、キャンパスの食堂や下宿など、当時の貧乏学生時代の話で盛り上がる。当時は6畳1間キッチン・トイレ付で1万2000円だったかな。

オーナーの佐々木さんは元富山県警の山岳警備隊だったことは有名で、てっきりリタイアされているぐらいの御歳だと思っていたのだが、実はまだ50代で私とそんなに変わらないと聞いてビックリ。
いつも見ている小屋のHPの話をすると、ここでは更新できないので麓に食料の買い出しで降りた際に更新されているとのこと。
その都度あの水平歩道を歩いて降りているのかと思いきや、先ほどの阿曽原駅から専用鉄道を使わせて貰っているそうだ。電気や電話もあの隧道から引いているそうで、道理で発電機の音がしない訳だ。

ほかにも警備隊時代のこぼれ話や日頃のご苦労などいろいろ聞かせていただき楽しかった。
酒宴は21時まで続き、就寝。
明日はもう少し天気が良ければいいのだが。。。

(この区間の行程)
14:52オリオ谷堰堤(小休止)15:01
15:09折尾ノ大滝
15:54高巻地点下部
16:04高巻地点上部(小休止)16:10
16:18高巻地点下部
16:43水平歩道分岐
17:06阿曽原谷
17:08阿曽原温泉テント宿営地
17:13阿曽原温泉小屋

阿曽原温泉1泊ハイク~2日目~ につづく・・・

やっぱり、山っていいね!

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