2011年10月11日(火)

権現山を後にし、戸ノ口トンネル経由で福井市へ。
西大味から鹿俣に抜けて一乗谷に入る。
ここは戦国大名朝倉氏の城下町で、応仁の乱で荒廃した京から公家や文化人が多数避難。
往時は人口1万人を超え、北の京都とも呼ばれるほど栄え、足利義昭や明智光秀も一時身を寄せていた。
1573(天正元)年8月、織田信長の越前侵攻により、一乗谷は灰燼に帰してしまったが、
近年の調査発掘により、その遺構が復原され、全貌が徐々に明らかになってきた。
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なお国の特別史跡、特別名勝、重要文化財の3重指定されているのは、極めて少ないそうだ。
また最近では某携帯電話のCMで、白い犬の故郷として取り上げられているのは有名。

一乗谷城は典型的な中世の山城で、背後の一乗城山(473m)の尾根に築城された。
朝倉氏遺跡には子供の頃遠足で何度か訪れているが、城山には未だ登っていない。
今回選んだ登山口は、城戸ノ内八幡神社ルート
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集落の中にあるので、最初通り過ぎてしまった。
3台ほど駐車できるスペースがあるので、ここに駐車させてもらう。

まずは林道を登っていく(12:50)。
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登山口脇の遺跡。
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発掘エリアが広すぎて、まだまだ整備されていない箇所も多いらしい。

12:52 登山口(標高60m)
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ここから南の諏訪庭園から英林塚に至るルートもあるが、平成16年の福井豪雨で登山路が崩落。
今もなお通行止となっている。

途中にポツリとあった石像。
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多分観音様だと思うのだが、見た目はキリスト教っぽい感じがする。

なんか見えてきた。
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巨大な堰堤で、件の豪雨での被害により、数年前に造られたそうだ。
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堰堤の脇を通り抜けると、城山まで1kmの看板(13:00)。
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ここからは登りが急になってきた。
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残り距離を細かく表示してくれるのはありがたい。
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先日のホノケ山の切り通しのように、深くえぐられた道。
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往時はここを人馬が頻繁に往復したのかも。

13:30 英林塚分岐(標高350m)
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通行止中の諏訪庭園からのルートとの合流地点。

残り200mだが、最後の階段が堪える。
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13:40 本丸跡(標高416m)
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千畳敷とも呼ばれる。ベンチやテーブルなどはなく、標識があるのみ。

13:44 安波賀分岐(標高400m)
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左へ行くと安波賀(あばか)登山口へ下る。

一の丸方面へ尾根沿いに登っていく。
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13:47 一の丸跡(標高420m)
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13:50 二の丸跡(標高450m)
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本当はこの先、三の丸跡(470m)、頂上(473m)と続くようなのだが、
何故か嫌な雰囲気の不安を感じたので、本丸跡に引き返す。

本丸跡でお湯を沸かして、コーヒータイム。
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頂上には到達していないが、下山する(14:24)。
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14:53 登山口(標高60m)
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下りは29分だった。しかし何だったのだろう、あの不安は?熊?
今回頂上に到達できなかったので、次に登る時はリベンジしよう。

帰りに一乗谷の奥にある一乗滝に寄ってみる。
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別の説(二天記)では、一乗谷の浄教寺が佐々木小次郎の生誕地とされ、
この一乗滝で秘剣燕返しをあみ出したとされる。
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滝の脇には小次郎のブロンズ像があるのだが、
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朝のワイドショーの某大物司会者に似ていると思いませんか?(笑)

一乗城山(473m)(八幡神社コース)
標高差390m
登り 50分、下り 29分、TOTAL 2時間2分

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