2016年3月18日(金) 晴れのち曇り雨

城山(槇山)から縦走して安波賀(あばか)に降り、
2座目の一乗城山に向かう。
CIMG2710.jpg
中央の土塁のような部分は城戸(きど)と呼ばれ、細長い一乗谷が狭くなった部分に当たり、
すぐ左側に一乗谷川が流れ、両側は急な山肌が迫っている。
この天然の要害を利用し、下流側に下城戸、上流側に上城戸を設け、
城下町防衛の重要な軍事施設だった。
現在でも城戸ノ内、下城戸、上城戸という地名(字)が残っている。
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2013年4月9日(火) 晴れ

先日城山(三峯山)に登った際に望んだ一乗谷屏風連山
一乗城山(473m)から連なる、白椿山(720m)や一乗山(740m)など
福井市と旧美山町との間に聳え立つ峰々が、さながら屏風のように見えることからこう呼ばれる。

一乗城山(473m)
IMG_7454.jpg
一乗城山は一昨年の10月に一度登ったが、その時はなにか不安がよぎり、
二の丸で引き返してしまい、山頂にはいけずじまい。
そのリベンジも兼ねて、今日はこの一乗谷屏風連山を縦走してみよう。
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2011年10月11日(火)

権現山を後にし、戸ノ口トンネル経由で福井市へ。
西大味から鹿俣に抜けて一乗谷に入る。
ここは戦国大名朝倉氏の城下町で、応仁の乱で荒廃した京から公家や文化人が多数避難。
往時は人口1万人を超え、北の京都とも呼ばれるほど栄え、足利義昭や明智光秀も一時身を寄せていた。
1573(天正元)年8月、織田信長の越前侵攻により、一乗谷は灰燼に帰してしまったが、
近年の調査発掘により、その遺構が復原され、全貌が徐々に明らかになってきた。
DSC09674.jpg
なお国の特別史跡、特別名勝、重要文化財の3重指定されているのは、極めて少ないそうだ。
また最近では某携帯電話のCMで、白い犬の故郷として取り上げられているのは有名。

一乗谷城は典型的な中世の山城で、背後の一乗城山(473m)の尾根に築城された。
朝倉氏遺跡には子供の頃遠足で何度か訪れているが、城山には未だ登っていない。
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